2017.04.24

躓きの石

勤務先のビルの前の歩道に、シュトルパーシュタイン(躓きの石)が敷かれることになっていました。近隣住民だけでなく、躓きの石に記念される人の親族がイスラエルから 来訪することも予定されていました。
シュトルパーシュタインはケルンのアーティスト、グンター・デムニング(Gunter Demning)による類のないアート・プロジェクトです。コンセプトは実にシンプルです。
ナチ時代の犠牲者が最後に自分の意思で選んだ住居の前の石畳に、生没年月日と名前が書かれた真鍮の貼られた石を敷くというものです。
120ユーロで誰でもこのプロジェクトに参加することができます。参加者は責任を持って、犠牲者の家族史についてきちんと調査をした上で、市と建築局に石畳設置の許可を取る役所手続きをします。その後、デムニング氏のプロジェクト・チームとコンタクトを取り、敷石設置の日時が設定されます。
学校のクラスが教師の指導の下、調査・設置をすることも割と一般的です。学生たちは、ある個人の運命、生死と向き合います。そうすることで、抽象的な犠牲者がひとりの人間として具体化されます。犠牲者は、ただの数ではなくなります。


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私がよく通る道にある二つの石。
一つはヴィルヘルム·マーホルトというゲイのアクティビストのためのものです。彼は、1923年に作られたLGBTの権利を擁護する人権連盟で活動していました。 マーホルトはベルリンに近いザクセンハウゼン強制収容所で1942年に殺害されました。もう一つはユダヤ人のシングルマザーと結婚したユリウス·フリーデを記念しています。彼は妻と一緒に、隠れなければならなかった人々を助ける小さな抵抗グループをサポートしていました。フリーデは1944年、警察署で殺害されました。

シュトルパーシュタインのこのささやかな記念の仕方、静かな記憶の仕方を、私はとても良いことだと思います。
しかし、シュトルパーシュタインに反対する人もいます。なぜなら、敷石である以上 、被害者の記念が足で踏まれることになるからです。
1月27日は、ナチ政権下の犠牲者を想起するための、国際ホロコースト記念日でした。

1996年「ナチズムの犠牲者を想起するための日」として1月27日がドイツ全国に及ぶ記念日として公的に制定されました。1月27日は、1945年にアウシュビッツのビルケナウと他の二つの強制収容所が赤軍によって解放された日です。
2005年には、この日は国連総会によって国際的な記念日に採択されました。
この日、ユダヤ人、性的マイノリティ、シンティ・ロマ、共産主義者、障がい者など、ナチ政権下の犠牲者となった人々に、思いが馳せられます。連邦議会でもこの日をとても重要なものと位置づけ、臨時閣議が開かれます。今年の臨時閣議では、特に安楽死の犠牲者が取り上げられ、犠牲者の子孫2名が国際ホロコースト記念日にスピーチを行いました。

1939年から45年の間に、ナチ政権の安楽死プログラムによって、7万から10万の身体的、または精神的な障がい者が殺害されたと考えられています。また、1933年以降、40万人の男女が強制的に不妊処置をされました。このような手術でも6千人の人々が命を落としています。この犠牲者のグループを連邦議会が特に取り上げるのは、今回が初めてのことで、ダウン症の若者がスピーチを行いました。


ブランデンブルグ門の近い政治中枢地区に位置する虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑は、世界的にも有名ですが、気づかずに見落としてしまうような小さな記念碑、「安楽殺人」犠牲者のための記念碑、性的マイノリティのための記念碑、シンティ・ロマのための記念碑なども存在しています。


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最も大きな記念碑は、2005年に建立された「虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑」です。

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虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑から道を渡っ て、公園に入るとすぐに、虐殺された同性愛者のための記念碑があります。

それらすべての記念碑にはいつも花がお供えされています。犠牲者同盟や連邦反差別局や各党の大きな献花が目立ちます。
気になるのは、シンティ・ロマの犠牲者の記念碑に献花が最も少ないことです。このグループが、今日に至るまでヨーロッパ各地で未だ偏見や差別と向き合わなければならないにもかかわらずです。

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様々な団体や政党から花とリースが置かれています。シンティとロマのための記念碑には献花が最も少ないですが、一番静かさを感じて、一番印象的な所だと思います。

犠牲者への記憶だけではなく、記念碑の扱いについても批判的な議論がなされるべきです。記念碑の前で自撮りをするという行為について、単にフォトセッションの背景として利用されたそれらの建築物、またそのような自撮り画像がSNSのプロフィール画像に使われることについて、考えてみる必要があります。

記憶にまつわるテーマは今、一つの転換点を迎えています。昨年幕を下ろしたナチ裁判は、おそらく最後のナチ裁判になるだろうと考えられています。ホロコーストを経験し生き延びた人々、生き証人たちも一人またひとり、死を迎えています。ヒトラーの『我が闘争』注釈付き再版はドイツでまたベストセラーになり、反セム主義政党NPDの違憲訴訟は2度目の敗訴に終わりました。世界各国では右派の政治が台頭してきています。