2016.09.13

欧州文化首都とその背景

今回は仕事の都合により、マルセイユからお届けすることになった。ヨーロッパでは欧州連合が毎年指定する「欧州文化首都(European Capital of Culture)」というものがある。ベルリンは1988年に欧州文化首都に選ばれ、1年間に亘って集中的に文化行事をおこなった。その町に眠っている文化的遺産や、または新しく計画された文化事業や芸術活動を広く一般に公開していくことを目的としているものである。

今いるマルセイユ。場所に関するトピックが2つ。

マルセイユが欧州文化首都に選ばれたのは2013年。その時に、ベースとなるパリのミュージアムが移設される形で、象徴的なミュージアム MuCEM (Museum for Europe and the Mediterranean)がこの都市に生まれた。

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そして今回、私達に関連する目下ベルリン在住のアーティスト、ヨシダシンゴがマルセイユに招聘された。招聘アーティストの活動拠点はなんとマルセイユのゲットーであるスラム街。マルセイユ市の文化事業の一環で、アーティスト達はここをレジデンスとして、地元の子供達とワークショップを実施したり、パブリックスペースで彫刻を制作し、設置していく企画だ。ヨシダシンゴは映像担当で彼らとゲットーに住み、作品のベースとなる映像素材を得るために子供達と撮影に取り掛かっている。マルセイユはベルリンと似ていて移民の坩堝だ。並行して都市では貧困問題が大きくなり、ギャングなどの活動も活発になっている。都市にありがちな問題がここマルセイユでも例外ではない。スラム街に住んでいる人々はどんどん外側に追いやられ、住める家がなくなっている状況だ。市としては、そういう都市で育ち生きていかなければならない子供達にも文化と触れ合う機会を設けようという趣旨で、文化事業を盛んにおこなっている。そういうところでの資金提供については市も惜しまず協力し、先述のMuCEMのような美術館の建設もおこなったようである。マルセイユはまさにベルリンの鏡写しのような都市の性格が見える。それまで混沌としていた都市の中心が開発されるに従い、その部分に住んでいた人々は郊外に移動せざるをえない。ベルリンも同じで、地下鉄の料金を中心から外側に向けて放射状にA地区、B地区、C地区と区分されていて、当然C地区から都市の中心部に移動するなら交通費がかなりかかってくる。今まで都市中心部のA, B地区に多かったアーティスト達も、ここ数年でC地区に活動の拠点を移動する者達が増加。活動の場所が自然とベルリンの中心から郊外に移る。もしかしたら、いまベルリンで先端のクリエイティヴな動向を探すなら、かつてクリエイターで沸いたミッテやクロイツベルクより、まったく無名な郊外の町や村にあるかもしれない。